何の予備知識もなく観に行ったもの。新聞の広告で大絶賛と書かれていた。
本当に何も知らない状態。誰が出てるのかもわからない。あらすじすら読んでない。
誰かが言った「すごくいい」を胸に抱いて観に行った。
そしたら本当に「すごくよかった」。
かわいい邦題に騙された。何だチョコレートドーナツって。甘いのか。いや甘くないよ。甘ったるい内容だと思ってた。ハッピーエンドになるものだと思ってた。苦い方のチョコレートだった。違ってた。
ゲイカップル(マイノリティ)が、知的障害の少年(マイノリティ)と親子になろうとした話。
親子になろうとしたというのは、少年マルコの母親が麻薬中毒者で、我が子よりも自分の快楽を優先するような母親だから。彼女が服役している間、ルディとポールという二人の男性がマルコの面倒を看ることに。
どこからどう見ても、幸せな家族。互いを慈しみ合っている三人。
「差別」という目がなければ、それはずっと続いたのに。
誰にもどうしようもなかったことで、職を失ったり、夢の邪魔をされたりすることは残酷であると思う。
肌の色だったり、病気だったり、嗜好だったりということで。
マルコの成長っぷりを見れば、母親と暮らしていた時よりも幸せ・彼自身の成長が素晴らしいと誰にだって解るのに。そういう結果が出ていても、理解のない人間は自分たちと違うものは敵だとして、それを認めない。
後半でポールが「あの子(マルコのこと)は誰にも必要とされていない。障害があるからだ。でも私たちはそんな彼でも構わない。誰もいらないなら、私たちにくれ」的なことを裁判所で言うんですが、障害を扱ったもので、ここまでハッキリとそれに触れたのは、私は観たことなかったです。
それ言っちゃうんだ。言わせちゃうんだ。すっぱりと。これは凄い映画だ、とここで思いました。
現にマルコの母は息子がいらなかったんです。施設だって持て余していた。だったら収まるところに収まった方が良かっただろうに。
裁判が終わって、暗転してルディが歌うシーンに移ったところで、結末はどうなるんだろうと思った。
やたら悲しい歌を彼が歌うので、一体三人に何があったんだろう…と思っていたら。
「どうせハッピーエンドになるんでしょ」という思いもあったから、少年の最期とポールの手紙には泣かされました。
ひどい話でした。
いい話であることに変わりはないけど、ひどい話でした。
渦中のマルコの気持ちが置いてきぼりで、俗に言う「普通の人たち」はマルコを最適な環境に置くために、「少数派」であり、マルコが一緒にいたと思っていた二人を冷酷に傷つけます。ひどい話です。何の権利があって…そんなことするんでしょうね。またポールの上司とか、州検察官とか嫌な感じが染み出ててむかつくんですよね。
アラン・カミングの謎の色気!
主演のルディ、どっかで見たことあるんだけど思い出せない…一体どこだ。この顔見たことある…。
悶々としてクレジット迎えたら、あらまあアラン・カミングじゃないの!
びっくりした。なんという女性的。いや女性以上の色香だこれ。そして、おかん気質。
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